やがて傍にいた男が茶と菓子とを出すと、団十郎はその男にむかって、「坊ちゃんにはあっちの菓子を……。」という。男は心得てすぐに起ったが、半紙の上に大きなカステラを幾片か乗せて、わたしの前へ持って来ると、団十郎はわたしを見かえって、「おあがんなさい。」と、顎を突き出して言った。その言い方とその態度が、かの守田などとはまるで違って、頗る不人相で横柄なようにも感じられたので、わたしは子供心にも不愉快であった。彼に対する一種の反感から、わたしはただうなずいたばかりで、カステラの方へは眼もくれなかった。すると、団十郎は父にむかって、「芝居の改良はこれからです。」というようなことを言い、更にわたしにむかって、「あなたも早く大きくなって、好い芝居を書いてください。」と笑いながら言った。 それだけならば、単に当座の冗談として聞き流すべきであったが、彼は父にむかって更にこんなことを言った。「わたしはそれを皆さんに勧めているのです。片っ端から作者部屋に抛り込んで置くうちには、一人ぐらいは物になるでしょう。」
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