「あ、日本刀の鞘みたいなものを背負っているのが、左舷前方に見えます」
突然眼のさとい水兵が叫んだ。
「日本刀を背に? どこだ」
「指揮官、あれです」長谷部少佐は、水兵の指す海面を見た。扉か卓子かわからないが、とにかく大きな板片の上に、背中に黒鞘を背負ってうつぶしている半裸体の人間があった。
「おお、あれだ。早く」
少佐の命令で、ボートはすーっとその方へよっていった。そして手練の水兵が棒と綱とでもって、巧みに半裸体の人間を艇内へ拾いあげた。
「あ、日本人らしい。ひどく右腕をやられている」
「おお川上だ。川上だ。川上、長谷部が救いに来たぞ」
長谷部少佐は、救われた人の骨ばった顔を見るや、われを忘れて駈けよった。軍医が、前に出てきて、心臓に耳をあてた。
「どうだ、助けてやれないか」
「ああ指揮官、心臓は微かながらまだ動いています。すぐ注射をしましょう。多分、大丈夫でしょう」