K・S氏は思ったより若く、才敏な紳士であった。身なりも穏当な事務家風であった。しかし、神経質に人の気を兼ねて、好意を無にすまいと極度に気遣いするところは、世俗に臆病な芸術家らしいところがあった。若夫人はわきに添って素直に咲く花のように如才なく、微笑を湛えていた。
ホテルから早速案内した銀座の日本料理屋では、畳に切り込んであるオトシに西洋人夫妻と逸作は足を突込み、かの女一人だけ足を後へ曲げて坐って、オトシの上の食台に向っていた。窓からは柳の梢越しに、銀座の宵の人の出盛りが見渡された。
「イチロは、私たちが旅行に出かける前の晩も、私のうちへ送別に来て、夜遅くまで話して行って呉れました」
K・S氏はまず何事より、むす子の話こそ、両親への土産という察しのよさを示して、頻りにむす子のことを話した。
K・S氏は何度も繰り返して「彼はとても元気です」
箸をあやしげに操っていた若い夫人が傍から、
「イチロ、ふふふ」と笑った。
かの女はぎょっとして、むす子に何か黙笑によって批判される行動でもあったのかと胸をうたれた。そして夫人の笑の性質によって、それが擯斥されるべきものであったのか看て取りたく思った。だが、かの女が夫人を凝視したとき、夫人はもう俯向いて、箸で吸物椀の中を探っていた。
ゲイ×アーキテクト ゲイでHIVポジティブ、一年生。