「牢抜けは知っていますが、それがどうかしましたかえ」「実は……」と、お力は少しく渋りながら云い出した。「その牢抜けのなかに石町《こくちょう》の金蔵というのが居りますそうで……」 その金蔵の仕返しをお力親子は恐れているのであった。召捕りの手引きをした千次も、金蔵が娑婆《しゃば》へ出たというのを聞いて、どこへか姿を隠してしまった。生きていればきっと仕返しをすると云ったのであるから、金蔵はきっと三甚を附け狙っているに相違ないと、かれらは頻りに恐れているのであった。それを聞いて、半七は笑った。「金蔵というのはどんな奴だか知らねえが、牢抜けをした以上は我が身が大事だ。いつまでも江戸にうかうかしちゃあいられめえ。きっと草鞋《わらじ》を穿《は》いたろうと思うから、まあ当分は仕返しなんぞに来る筈はねえ、みんなも安心したらいいだろう」「ところがお前さん」と、お力は顔をしかめながらささやいた。「千次さんのお友達が西の久保の切通しで、金蔵に似た奴の姿をちらりと見たそうで……。あいつが近所をうろ付いているようじゃあ大変だと云うので、千次さんも早々にどこへか隠れてしまったのでございます」
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