リンデン いえいえ、あなたこそ、どうぞ。
ノラ いけませんわ、あなたからお始めなさいよ。今日は私自分のことはお話したくないんですから。今日はあなたのことばかし考へてゐたいんですから。あ、さう/\、一つだけお話することがありますわ――だけど、もうお聞きになつたでせう、主人が大變な出世をしましたことを。
リンデン へえ、どうなさつたの。
ノラ まあどうでせう、主人が銀行の支配人になつたんですよ。
リンデン ご主人が? ほんとにお仕合せねえ。
ノラ えゝ、まあ、辯護士なんてものは、きまつた當のない職業ですからね。ちよつとでも暗いことのある仕事はすまいとなると尚のことさうですし、主人は勿論暗いことが大嫌ひで、私だつてその主義ですから、とてもやり切れませんわ。それで今度は私ども、どんなにか喜んだでせう? 新年からそつちへ行くことになつてるのですよ。給料もどつさり取れて配當もあるんですからねえ、これからは、すつかり今までと違つて見違へるやうな暮しができます――實際どんな暮しでも好きなことができるんですよ。あゝ私、本當に氣が浮き/\して幸福ですの。お金が澤山あつて心配ごとは少しもなし、申分ないでせう。