こういう場合に本人を素直に帰してよこすというのは、いかにも物の判った仕方で、先方に悪意のないことは能く判っていた。気疲れで奥の三畳にうとうと眠っているお蝶を呼び起させて、半七は彼女から更に詳しい話を聴きとったが、やはり確かな見当は付かなかった。お蝶の話によって考えると、その屋敷はどうも然るべき大名の下屋敷であるらしく思われたが、その場所も方角も知れないので、それがどこの屋敷だか見当が付かなかった。
「今に誰か来るかも知れないから、まあ、待っていて見ようよ」と、半七も腰をおちつけて、そこに居坐っていることにした。
この頃の日※はよほど詰まって、ゆう六ツの鐘を聴かないうちに、狭い家の隅々はもう薄暗くなった。お亀は神酒徳利や団子や薄などを縁側に持ち出してくると、その薄の葉をわたる夕風が身にしみて、帷子一枚の半七は薄ら寒くなってきた。殊にもう夕飯の時分になったので、半七はお亀にたのんで近所から鰻を取って貰った。自分一人で食うわけにも行かないので、お亀とお蝶の母子にも食わせた。