……一人や二人はあつたらうが、場所が廣いし、殆ど影もないから寂寞して居た。柄を持つた手許をスツと潛つて、目の前へ、恐らく鼻と並ぶくらゐに衝と鮮かな色彩を見せた蟲がある。深く濃い眞緑の翼が晃々と光つて、緋色の線でちら/\と縫つて、裾が金色に輝きつゝ、目と目を見合ふばかりに宙に立つた。思はず、「あら、あら、あら。」と十八九の聲を立てたさうである。途端に「綺麗だわ」「綺麗だわ」と言ふ幼い聲を揃へて、女の兒が三人ほど、ばら/\と駈け寄つた。「小母さん頂戴な」「其蟲頂戴な」と聞くうちに、蟲は、美しい羽も擴げず、靜かに、鷹揚に、そして輕く縱に姿を捌いて、水馬が細波を駈る如く、ツツツと涼傘を、上へ梭投げに衝くと思ふと、パツと外へそれて飛ぶ。小兒たちと一所に、あら/\と、また言ふ隙に、電柱を空に傳つて、斜上りの高い屋根へ、きら/\きら/\と青く光つて輝きつゝ、それより日の光に眩しく消えて、忽ち唯一天を、遙に仰いだと言ふのである。