「親分がいらしって下されば、わたくしもどんなに気丈夫だか判りません。では、まことに勝手がましゅうございますが、あしたにもちょいとお出でを願いとうございます」 お亀はしきりに念を押して頼んで帰った。あくる日は十五夜で、晴れた空には秋風が高く吹いていた。朝早くから薄を売る声がきこえた。半七は午前にほかの用を片付けて、八ツ(午後二時)頃からお亀の家をたずねた。お亀の家は浜町河岸に近い路地の奥で、入口の八百屋にも薄や枝豆がたくさん積んであった。近所の大きい屋敷のなかでは秋の蝉が鳴いていた。「おや、親分さん。どうも恐れ入りました」と、お亀は待ち兼ねたように半七を迎えた。「早速でございますが、娘がゆうべ戻ってまいりましてね」 ゆうべお亀が半七をたずねている留守に、お蝶はいつもの通りの乗物にのせられて、河岸の石置き場まで送りかえされていた。詳しいことは阿母さんに話してあるから、おまえも家へ一度帰ってよく相談をして来いと、お蝶はかの女から云い聞かされて来たのであった。
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