機嫌の好い、いつものように美しい、陰りのない男の顔を見て、お菊は悲しいほどに嬉しかった。たとい疎匆にもせよ、家の宝を破損したという自分に対して、何のむずかしい叱言もいわないで、却って優しい言葉をかけてくれる――男の心があまりに判り過ぎて、お菊は勿体ないようにも思った。由ない惑いから大切の宝を打毀した自分の罪がいよいよ悔まれた。安心と後悔とが一つにもつれて、彼女は又そっと眼を拭いた。 縁伝いに暴《あら》い足音が聞えて、十太夫が再びここにあらわれた。それは客来の報《しら》せではなかった。彼は眼を瞋《いか》らせて主人に重ねて訴えた。「殿様。菊めは重々|不埒《ふらち》な奴でござりまする」 秘密は忽ち暴露された。お菊が皿を損じたのは疎匆でない。台所の柱に打付けて自分がわざと打割ったのである。それは下女のお仙が井戸のそばから遠目にたしかに見届けたというのであった。疎匆とあれば致し方もないが、大切のお宝をわざと打割ったとは余りに法外の仕方で、たとい殿様が御勘弁なさるといっても、自分が不承知である。その菊めはきっと吟味しなければならないと、十太夫は声を尖《とが》らせていきまいた。
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