「弦ちゃん、お前は、こんなことで毎日帰りが遅かったのかい」黄一郎が、横合から口を出した。
弦三は、黙って点いた。
「瓦斯マスクなんてゴムで作ってあるから永く置いてあると、ボロボロになって、いざというときに役に立たないんだぜ。どうせゴム商売で儲けようと云うんだったら、マスクよりも矢張りゴム靴の方がいいと思うね」
「儲けなんか、どうでもいいのです」弦三は恨めしそうに兄を見上げた。「いまに東京が空襲されたら大騒ぎになるから、市民いや日本国民のために、瓦斯マスクの研究が大事なんです」
「瓦斯マスクのことなんか、軍部に委しといたら、いいじゃないか。それに此後は戦争なんて無くなってゆくのが、人間の考えとしたら自然だと思うよ。聯盟だって、もう大丈夫しっかりしているよ。聯盟直属の制裁軍隊さえあるんだからね」
「戦争なんて、野蛮だわ」紅子が叫んだ。