美しい庵主は愕いて目をみはった。それで僕は思いきって、鍵の中の恋人の話をした。それから昨夜街の軒下で見た高島田に振袖の美しい女が、この恋人と同じような顔をしていたことを述べた。「まあ、――」と尼は面白そうに微笑して「貴方は、昨夜妾を教えたその女の人がお気に召したのネ」「庵主さんの前ですが、僕はあの娘さんのことがだんだん恋しくなってくるのです」「あら、御馳走さまですわネ」と庵主は尼僧らしくない口を利いて「じゃあ、あの娘さんに会いたかないこと?」「ええ、会いたいですとも、庵主さんはその娘さんの名前も居所も御存じなのでしょう。さあ教えて下さい」「ホホホホ。そんなにお気に入りなら、また会わせてあげますわ。その代り、どうしてもあたしの云うように早くこの土地を去って下さらなきゃ、いけませんわ」「それは駄目じゃありませんか。あの娘さんとはもう会えなくなる」「それは大丈夫。あたしが後からきっと連れていってあげますわ」 庵主のいかにも自信ありげな言葉は、まさか偽りではなさそうに見えた。僕はこの上はすべての運命を、再生の恩人の庵主に委せ、なにもかもその指揮どおりにする決心を定めた。 ――恋人を彫り抜いた鍵は、遂に秀蓮尼の手に渡してしまった。彼女の胸にはどんな秘策が練られているのだろうか。鍵を見てから、急に昨夜とはガラリと態度を変えた秀蓮尼は、そも如何なる縁りの人物であろうか。