村に一本の路を急いで居るとツイ路ばたにすつかり戸障子をあけ放した一軒の家があつた。そして部屋の中にも軒端にもいつぱいに眼白籠が懸けてあり、とり/″\に囀(さへづ)り交してゐた。部屋の中には酌婦あがりとも見らるる色の黒い三十年増が一人坐つて針をとつてゐた。友人と私とは相顧みて、微笑した。 狹い村を通り終れば路はまた登りとなつた。吉川峠といふ。 山は陣座峠より淺かつた。そして雜木の茂つた灌木林の中に澤山の黄楊(つげ)が見かけられた。犬黄楊らしかつたが、殆んどその木ばかりの茂つた所もあつ た。さつき通つた村の名もこれから出たのだと思はれた。陣座峠でも見かけたが、私には珍しい山百合があちこちと咲いてゐた。莖は極めて細く、花もしなやか で、色がうすもゝ色であつた。普通の、白い百合も稀に咲いてゐた。 勞れて來たせゐか、今度の下(くだ)りは長かつた。自づと話がはずんだが、元氣のいゝ話ではなかつた。自分の爲事の不平、朝夕の暮しの愚痴、健康の不安、中にもこの友が自分の子供に對する心配などは身にしみて聞かれた。
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