突然ではあり、時間ではあり、ことに初めての氣賀町の客人のために町の料理屋に出て夕飯をとらうといふ事になつた。それを聞くとY――君は驚いて、イヽ エ私は歸りますといふ。これからどうして歸れます、それに折角の事だから、と家の人たちも總がかりで留めたが、一日はまだしも二日とはどうも學校が休めな い、と言つて立ち上つた。なアに四五里の道だし自轉車ならわけはありません、と私の顏を見て笑ひながら言つた。私にはいま漸く彼があの乘れもしない山坂路 を一生懸命になつて自轉車を押して來たわけが解つた。歸りは無論その山坂路でなく、他にいゝ道路があるのださうである。そしてその車のベルを鳴らしなが ら、たけ高いうしろ姿を見せて彼は歸つて行つた。夏のことだで、まだざつと二時間は明るいが、樂ではないぞなど此處の老父はそれを見送りながら言つた。 然し、夕飯には町へ出る事になつた。たつて止めたが早や立ち上つたこの友の、兩手を振りながら出もしない聲を絞つて、先生、後生ですから私のためにだし [#「だし」に傍点]になつて下さい、私だつてたまには明るい所へ出て行きたいですよ、といふのを聞くと、矢張りいなめなかつた。その父と姉と友と私と、 わざと町裏の田圃路を通つてこの前來た時も行つた事のある遠い料理屋へ出かけて行つた。新城町は桑畑の中に在り、兵兒帶の樣な長いながい一筋町である。
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