女は表二階に滞在している某官吏の細君であった。この人も混雑を嫌って、正午ごろに一度、夜なかに一度、他の浴客の少ない時刻を見はからって入浴するのを例としていた。今夜はいつもよりも少しおくれて丁度二時を聞いたころに風呂場へ来ると、湯のなかに二人の若い女の首が浮いていた。自分と同じように夜ふけに入浴している人達だと思って、別に怪しみもしないで彼女も浴衣をぬいだ。そうして、湯風呂の前に進み寄った一刹那に、二つの首は突然消えてしまったので、彼女は気を失う程におどろいて倒れた。 ゆうべの田宮の話が思い出されて、遠泉君はなんだか忌な心持になった。しかし本多はそれが迷信でも化け物でもない、自分のとなり座敷の女ふたりが確かに入浴していたに相違ないと言った。それにしても人間ふたりが突然に消え失せる筈はないので、風呂番や宿の男どもが大きい湯風呂のなかへ飛び込んで隅々を探してみると、若い女ふたりが湯の底に沈んでいるのを発見した。
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