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Kはぴたりと立ち止り
 Kはぴたりと立ち止り、眼前の床を見つめた。まだしばらくは自由であり、まだ歩み続け、彼のところから程遠からぬ三つの小さな黒ずんだ木の扉のどれかを通って逃げることもできた。そうすれば、それはまさに、自分には言うことがわからなかった、あるいは言うことは聞き取ったがそんなことを問題にはしたくない、という意味を表わすことになっただろう。しかし、もし振返ったならば、言うことはよくわかったし、自分はほんとうに呼びかけられた本人であって、言うことに従う、ということを告白したことになるのだから、しっかりとつかまれてしまう。僧がもう一度叫んだなら、Kはきっと立ち去ってしまっただろうが、Kが待っているのにいっさいが静かなままなので、僧が今何をやっているのかを見ようとして、少し頭を向けた。僧はさっきと同じように落着いて説教壇上に立っていたが、Kの頭の動きを認めたことははっきりとわかった。こうなってはKが完全に振向いてしまわないと、子供じみた隠れん坊遊びになってしまうだろう。Kは振返ると、僧に指の合図で、近くに来るよう呼び寄せられた。もはやいっさいは公然となったので、Kは――そうしたのは好奇心からでもあり、また用事を手短かにすませるためだったが――大股で飛ぶように説教壇に向って駆け寄った。最前列のベンチのところで立ち止ったが、僧には距離がまだ遠すぎるように思われるらしく、手を伸ばし、人差指を鋭く下に曲げて説教壇のすぐ前の場所を示した。Kもそのとおりにしたが、この場所では、僧を見るためには頭をよほど後ろへ曲げねばならなかった。歯科医師国家試験対策 予備校 はせがわ日記 第103回歯科医師国家試験 - FC2
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