豹一はそれを持って階下の会計へ行き、金を貰った。そして再び二階の編輯室へ現れて、壁に掛けてあるオーバをとって着込み、出て行った。その後姿をちらと見て、編輯長は一層失望してしまった。豹一のオーバは母親が無理算段の金で買ってくれたものだが、いわゆる「首つり」という代物だった。日本橋の洋服屋の店頭にぶら下げてある既製品だった。寸法を間ちがえたのか、むやみに裾が長かった。それをひきずるように着て、固い姿勢で歩いて行く豹一の後姿というものは、まるで宝塚少女歌劇の男役としか見えず、どう見ても一人前の新聞記者とは受けとれなかったのである。 編輯長がそんな風な失望を感じたことは知らず、豹一は滑稽なことだが、仕事を与えられた喜びにすっかり興奮して淀屋橋の方へ歩いて行った。編輯長の前で随分へまなことを言ったことを想えば、どうあってもこの「大任」を果さねばならぬ。豹一はひどく落着きがなかった。淀屋橋まで来たが、足は止まらず、一気に肥後橋まで来てしまった。 交叉点で信号を待っている間に、豹一はふと村口多鶴子の記事をよむために新聞を買うことを思いついた。朝日ビルの前で一そろいの新聞を買った。そしてビルのフルーツパーラーへはいって片っ端から読んで行った。
医師国家試験対策 家庭教師 医師国家試験対策〈2013〉合否を決めた202問 [単行本] - ヨドバシカメラ