山吹教授が結婚するのではない。山吹教授の媒酌する結婚式があるという意味だ。 山吹教授の林檎の唄がきけないというので代って島野二三夫が文若という一寸色っぽい芸者の三味線で唄っていた。 歌詞は手帳を見てうたうので、正確だったが、節ははなはだ不正確であった。 島野の隣では桑山竹夫が三十二回目のサノサ節をうたっていた。 桑山は東京から京都までの汽車の中で即製のサノサ節を四十も作ったという男である。「さア、小田君きけ。おれのサノサをきけ」 桑山はそう言いながら、うたって――というより、うなっていたが、小田はそれどころではなかった。 運悪く隣に坐った吉井正太郎より、例によってネチネチと、最近発表した小説をけなされている最中だったので、その方の応酬に大童であった。 そこへ君勇がはいって来た。途端に小田は吉井の方はそっちのけで、いきなり君勇の方を向いて、「なるほど、君が君勇かね。そうかね。そうかね。なるほど……」 しきりにうなり出した。二「何どんネ……?」 君勇はにやにやしていた。「――何がなるほどどんネ……?」「あはは……」 小田は何となく笑い出した。 君勇は、この男が自分を名指しで呼んだのだなと、直感した。 その通りだった。 小田はその先輩や友人と一緒に備前屋へ来て、芸者の顔を見た時、ふと、「そうだ。あの梶鶴雄に惚れているらしい芸者がおった筈だ」 と、鶴雄の話を想い出した。「――たしか、先斗町の君勇という名の芸者だ」 小田は備前屋のおかみに、「祇園からでも先斗町の芸者はよべる……?」 と、野暮なことをきいた。「へえ、呼べます。お馴染はんおいやすのンどっか」「いや、なに一寸会うてみたいんだ、いや、顔を見るだけでいい」 そして、君勇を呼んだのだった。 君勇が来ると座の空気はふと冴え返った。 桑山竹夫はここを先途とサノサ節の調子をはり上げた。 中山定二は何となく瞑想に耽るが如く美術品を鑑賞するが如く、何とも形容しがたい眼で君勇の横顔を見ていた。
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