この世でいちばん大事なこと
■腹立ちまぎれに支度さして
 腹立ちまぎれに支度さして外記はすぐに駕籠に乗った。寝足らない眼に沁みる朝の空気は無数の針を含んでいるようで、店の前の打ち水も白い氷になっていた。「お寒うござりましょう。お羽織の上にこれをお召しなされまし」と、女房は気を利かして、綿の厚い貸羽織を肩からふわりと着せかけてくれたが、焦《じ》れて、焦れ切っている外記には容易に手が袖へ通らないので、彼はますます焦れた。曲がったうしろ襟を直してくれようとする女房の手を払いのけるようにして、彼は思い切りよく駕籠にひらりと乗り移った。「気をつけてお出でなんし」 綾衣が駕籠の垂簾《たれ》を覗こうとする時に、白粉《おしろい》のはげた彼女の襟もとに鳥の胸毛のような軽い雪がふわりふわりと落ちて来た。 けさのこうした別れのありさまを思いうかべながら、綾衣は十畳の座敷につづいた八畳の居間に唯ぼんやりと夢みるように坐っていた。大籬《おおまがき》に育てられた彼女は、浮世絵に描かれた遊女のようにしだら[#「しだら」に傍点]のない立て膝をしてはいなかったが、疲れたからだを少しく斜《はす》にして、桐の手あぶりの柔かいふちへ白い指さきを逆《さか》むきに突いたまま、見るともなしに向うの小さい床《とこ》の間《ま》を見入っていた。床には一面の琴が立ててあった。なまめかしい緋縮緬の胴抜きの部屋着は、その襟から抜け出した白い頸筋をひとしお白く見せて、ゆるく結んだ水色のしごきのはしは、崩れかかった膝の上にしどけなく流れていた。      部屋の片付け クレジットカードあれこれ 【無料HP Chip!!】

■機嫌の好い、いつものように美しい
 機嫌の好い、いつものように美しい、陰りのない男の顔を見て、お菊は悲しいほどに嬉しかった。たとい疎匆にもせよ、家の宝を破損したという自分に対して、何のむずかしい叱言もいわないで、却って優しい言葉をかけてくれる――男の心があまりに判り過ぎて、お菊は勿体ないようにも思った。由ない惑いから大切の宝を打毀した自分の罪がいよいよ悔まれた。安心と後悔とが一つにもつれて、彼女は又そっと眼を拭いた。 縁伝いに暴《あら》い足音が聞えて、十太夫が再びここにあらわれた。それは客来の報《しら》せではなかった。彼は眼を瞋《いか》らせて主人に重ねて訴えた。「殿様。菊めは重々|不埒《ふらち》な奴でござりまする」 秘密は忽ち暴露された。お菊が皿を損じたのは疎匆でない。台所の柱に打付けて自分がわざと打割ったのである。それは下女のお仙が井戸のそばから遠目にたしかに見届けたというのであった。疎匆とあれば致し方もないが、大切のお宝をわざと打割ったとは余りに法外の仕方で、たとい殿様が御勘弁なさるといっても、自分が不承知である。その菊めはきっと吟味しなければならないと、十太夫は声を尖《とが》らせていきまいた。自動車保険比較 わくわく広場ブログへようこそ

■それにしても
「それにしても、おまえさんの家にまで仕返しに来ることはあるめえ。金蔵は行き合い捕りになっているのだから、お前さんの家に係り合いはねえ筈だ」「わたくしの家へは来ないかもしれませんが、もしや三甚さんの方へでも来るようなことがあると大変だと申して、娘は泣いて騒いで居りますので……」 娘に泣いて騒がれて、お力は三甚の保護を頼みに来たのである。その親心を察しながらも、半七はいったん断わった。「これが堅気の素人なら、なんとか相談に乗ることもあるが、たとい年は若いにしろ、三甚も一人前の御用聞きだ。科人《とがにん》の仕返しが怖くって、仲間の知恵を借りたなぞと云われちゃあ、世間に対して顔向けが出来ねえ。勿論おまえさんの一料簡で出て来たのだろうが、そんな事をするのは三甚の男を潰すようなものだ。娘の可愛い男に恥を掻かせちゃあいけねえ。第一、三甚にも相当の子分がある筈だ。その子分たちが楯になって、親分のからだを庇《かば》ってやるがいいじゃあねえか。他人《ひと》に頼むことがあるものか」
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