■スコットランド・ヤードの子役人が!
「このスコットランド・ヤードの子役人が!」 ついにホームズはくすくすと笑い出した。「その冗談、傑作です。お帰りの際は戸締まりをよろしく。すきま風が寒いので。」「用が済めばこっちから帰ってやる。他人のことにあまり首をつっこむなよ。ストーナの娘が来たのは知っとる、つけてきたからな。わしを相手にすると後悔するぞ! 見ろ。」老医師はつかつかと進むと、暖炉の火掻き棒をつかみ上げ、大きな手で折り曲げてみせた。「せいぜいわしの手に気をつけるこったな。」老医師は吠えたあと、曲がった火掻き棒を暖炉の中へ放り込み、大手を振って部屋から出ていった。「ずいぶん愛嬌のある人物だ。」と、ホームズは笑い出しながら、「僕も身体は大きくないが、待っていれば決して彼より力は弱くないことを披露できたのだが。」そういって、鉄の火掻き棒を取り上げると、ぐいと力を入れて元の通りまっすぐに伸ばした。「御仁、僕と警視庁の役人を混同するとは、なんたる暴挙! だが今の出来事は、僕等の調査のいい薬味になる。あのお嬢さんが、あの獣に後をつけられたことで、困ったことにならねばよいのだが。さて、ワトソン、朝食と行こう。そのあとで僕は博士会館へ行ってくる。事件に役立つ資料が何かあると思う。」
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■どっちがホームズだ?
「どっちがホームズだ?」「私の名前です。が、まずは名乗るべきでは?」友人は静かに問い返した。「わしはストーク・モランのグリムズビ・ロイロットだ。」「どうも、先生。」とホームズはおだやかに切り返す。「どうぞおかけください。」「お断りだ。わしの義理の娘がさっきここへ来たな。入るのを見たぞ。お前に何をしゃべりやがった?」「今年の寒さはたちが悪いようで。」ホームズは言った。「何をしゃべりおったと聞いとるのだ。」老医師は烈火のごとく怒った。「ですが麦の方は出来がいいそうで。」と友人は少しも動じない。「この、はぐらかしおって!」闖入者は一歩踏みだし、鞭をふるわす。「このクソガキめが! 知っとるぞ。ホームズ、貴様の職はお節介屋だとな!」 友人はにこりと笑った。「出しゃばり屋!」 満面の笑みを浮かべる。
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■では、真夜中の口笛は
「では、真夜中の口笛は、ご婦人が死に際にもたらした不思議な言葉は、どうなる?」「見当も付かんよ。」「考え合わせてみよう。夜の口笛のこと。老医師と親密なロマたちの存在。娘の結婚を邪魔すれば、その医者が得をするというはっきりした事実。死に際の『ひも』という言葉の謎。それから最期にヘレン・ストーナの聞いた金属音(これは鎧戸の棒が元のところに戻った音かもしれぬが)。この方向で、謎を解き明かせそうだとは考えられないだろうか。」「だがロマたちが何をしたと。」「何だろうね。」「そんな説明、いくらでも穴がある。」「ごもっとも。だからこそ今日ストーク・モランまで行く価値があると思う。その穴が致命的なのかどうか、これで説明可能なのかどうか、確かめたい。おや、何ごとかね?」 突然、友人が声を張り上げたかと思うと、いきなり扉が勢いよく開いて、大男が入り口に立ちはだかった。男の服装は、学者と農園主のそれが変に混ざった風であった。黒いトップ・ハットに長いフロックコート、長いゲートルという格好で、手で狩猟鞭を振り回している。背が高く、帽子が入り口の鴨居すれすれで、肩幅もぎりぎりであった。その大きな顔は皺だらけで日に焼けていて、鬼のような形相で我々をひとりひとりにらみつけ、怒りに燃えるくぼんだ眼、肉の薄い高い鼻などは、凶暴な猛禽のようであった。
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