この世でいちばん大事なこと
■わたくしたちは廚子の左側に立った
 わたくしたちは廚子の左側に立った。高い扉は静かに左右に開かれた。長い垂れ幕もまた静かに引き分けられた。香木の強い匂いがわれわれの感覚を襲うと同時に、秘仏のあの奇妙な、神秘的な、何ともいえぬ横顔がわれわれの眼に飛びついて来た。  わたくしたちは引きよせられるように近々と廚子の垂れ幕に近づいてその顔を見上げた。われわれ自身の体に光線がさえぎられて、薄暗くなっている廚子のなかに、悠然として異様な生気を帯びた顔が浮かんでいる。その眉にも眼にも、また特に頬にも唇にも、幽かな、しかし刺すように印象の鋭い、変な美しさを持った微笑が漂うている。それは謎めいてはいるが、しかし暗さがない。愛に充ちてはいるが、しかしインド的な蠱惑(こわく)はない。クレジットカードあれこれ 【無料HP Chip!!】

■ひるから夢殿に行った
 ひるから夢殿に行った。天平時代に建てられたこの美しい八角の殿堂は、西の入り口から見ると、惜しいことに周囲が狭すぎて、十分の美しさを発揮しないように思われる。聖徳太子の斑鳩宮(いかるがのみや)は今の堂の配置とは異なっていたらしい。しかし講堂たる伝法堂は橘夫人の邸宅より移した住宅建築である。廊下の奥にその伝法堂の見えている絵殿のぬれ縁に立って夢殿をながめると、かろうじて堂の全貌を見ることができる。それほど建築が近接しているのである。それは伽藍(がらん)の感じではなくて、住み心地のよい静かな住宅の感じだともいえる。  夢殿の印象は粛然としたものであった。北側の扉をあけてもらって堂内に歩み入り、さらに二重の壇をのぼって中央の廚子に近づいて行くと、その感じはますます高まって行った。
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■金堂を出て綱封蔵(こうふうぞう)に移ると
  金堂を出て綱封蔵(こうふうぞう)に移ると、そこにはまたお蔵らしくさまざまの像画工芸品の類が並べてある*。有名なのは木彫九面観音や銅像夢違観音[#「夢違観音」の左に「ゆめちがいかんのん」のルビ]などである。夢違観音は新薬師寺の香薬師などと比べてよいほどの美しい作である。がそのほかにもなおそれに近いと思われるほどに美しい仏像が少なくない。また絹や錦や毛布や、その他さまざまの器具類など、往昔の文化をしのばせる品々も多い。落ちついて観察すればそこに尽きざる興味が湧き出てくるであろう。われわれにとって空白のごとくに見えている古い祖先の生活の一面も、これらの品々の観察によって、幾分充たされるに相違ない。  しかしその落ちつきのなかったわたくしは、眼にうつるものの多さに圧倒せられて、感受力が鈍りきるほど疲れた。昼飯のために夢殿の南の宿屋に引き上げたときには、縁側(えんがわ)に腰をおろすと靴をぬぐ努力もものういほどであった。 * 法隆寺の宝物は今は新築の宝物殿に秩序立って陳列されている。クレジットカードでSEO対策するぞ

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