一災起これば二災起こる
■失敗の深みに陥って行く
私はステーションホテルを出ると、たった一人で市役所の前から河岸に出て、弥左衛門町のカフェー・ユートピアの方向へブラリブラリと歩いて行った。その間じゅう私は、今までの出来事をすっかり忘れてしまって、何事も考えず、何事も気を付けないようにした。ただ漫然と空行く雲を仰いだり、橋の欄干を撫でたり、葉が散りかかっている並木の柳を叩いたりして行った。これは私の脳髄休養法で、こんな風に自由自在に、脳髄のスウィッチを切り換えて行ける間は、私の頭が健全無比な証拠だと思っている。 弥左衛門町の横町に這入ると、急に街幅が狭く、日当りが悪くなって、二三日前の雨の名残が、まだ処々ぬかるみになって残っている。殊にカフェー・ユートピアの前は水溜りが多くて、入口に敷き詰められた赤煉瓦の真中の凹んだ処には、どろどろした赤い土が、撒き水に溶けて溜っている。これは夜になるとこの店の出入が烈しいために、自然と磨り滅ってこんな事になるので、改良したらよかろうと思うが、嘗て一度もこの赤煉瓦が取り除かれたためしがない。そうしてその煉瓦がいよいよ丼型に磨り滅ってしまうと又、新しい赤煉瓦で埋める。初台 歯医者

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