■長い時間
と叫びながら今度は近い処に固まっていた五六人連れの学生にとろんとした眼を向けた。「ねえ諸君……諸君は学生だ。前途有望だ。理想境に向って驀進するんだ。……吾輩もカフェー・ユートピアに居る。即ち酒だ。酒が即ち吾輩の理想境なんだ。あとは睡る事。永遠に酔い永遠に眠る。これが吾輩のユートピアだ。アッハッハッハッ。どうだね諸君……」「賛成ですね」「うむ。有り難い。それでは諸君一つ吾輩の健康を祝してくれ給え。甚だ失敬だが、この瓶を一本寄贈するから……」 と云ううちに、ボーイが持って来た二三本の酒の中から、シャンパンを一本抜き出して、学生連が取り巻いている机のまん中にどしんと置いた。そうして二十円札を一枚ボーイの銀盆の上に投げ出すと、並んだ料理は見向きもしないで、階段をよろめき降りて行った。「いま迄にそんな事をした事があるかね……その紳士は……」 と私はすこし真面目になって訊いた。ボーイは何かしらにこにこして、私の顔を見い見い、態度と語調を換えた。「いいえ。ございません。いつもたった一人でちびりちびりやって、黙って窓の外を見たり、考え込んだり、新聞を読んだり……」青山 美容室
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