■色紙と麦稈
死んだ姉から持越しの、咲子にとっては何より大切な大きい人形がまた瑠美子を寂しがらせ、母親の心を暗くした。「先生のお子さんで悪いけれど、咲子さん少しわがままよ。あれを直さなきゃ駄目だと思うわ。」「君が言えば聴くよ。」 庸三は答えたが、彼自身の気持から言えば、死んだ久美子の愛していた人形を、物持ちのいいとは思えない瑠美子に弄らせたくはなかったので、ある日葉子に瑠美子をつれてデパアトへ買いものに行ったついでに、中ぐらいの人形を瑠美子に買ってやった。咲子のより小さいので、葉子も瑠美子も悦ばなかったが、庸三はそれでいいというふうだった。 庸三はずっと後になるまで――今でも思い出して後悔するのだが、ある日葉子と子供たちを連れ出して、青葉の影の深くなった上野を散歩して、動物園を見せた時であった。そのころ父親の恋愛事件で、学校へ通うのも辛くなっていた長女も一緒だったが、ふと園内で出遭った学友にも、面を背向けるようにしているのを見ると、庸三も気が咎めてにわかに葉子から離れて独りベンチに腰かけていた。薬学部 進級試験対策 塾
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